適用と注意点

写真は空想と現実の境界が曖昧になりやすいイメージを利用した表現方法であり、自分の撮影した写真を利用する自由なコラージュ作業は大きな心理的退行をもたらします。しかし言語化を経ない無意識の情動がイメージとして表出するため、下に記載されているように危うさも伴います。写真療法(写真セラピー)の実施にあたっては、実施者がイメージの世界に没頭させることの危険性を十分に認識した上で適切な対処ができることが必要であり、知識や経験の少ない実施者単独での安易な実施は慎んで下さい。

 

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東日本大震災を契機に写真の価値や存在意義が改めて見直されています。また、それに伴い、被災者の皆さんに写真を撮らせる写真家の方々もいらっしゃいますが、自我が大きく揺らいでいる人たちに、写真を撮影させ、イメージの世界へ無制限に没頭させることには注意が必要です。よかれと思って実施することが、かえってその人の心の傷を広げたり深めたりする可能性があります。

 

まず、芸術療法では、自我障害のある場合は無論のこと、自我境界が希薄な場合は禁忌(実施してはいけない)とされています。無制限にイメージの世界に没入されることは無秩序に連想の広がりを刺激してしまい、何が現実で何が空想かわからなくなる、自分のことと他人のことの区別がつかなくなる、そして最悪の場合、自我の崩壊(混乱状態に陥る、思考の解体を引き起こす、幻覚や妄想が出現する)の危険性を孕みます(*1)

 

従って、自我が大きく揺らいでいる人たちにカメラを持たせ、無制限にイメージの世界に没入させること(自由に写真を撮らせたり、撮った写真を切り貼りしてコラージュさせること)は、慎重になされるべきです。まず、心の専門家以外は、統合失調症やうつ病などの精神疾患で治療中の対象者には実施しないこと、そして精神疾患の罹患歴がある者や、精神障害者施設や精神科病棟などで実施する場合は、担当医師と十分に相談しながら実施することをお勧めします。

 

また、芸術療法において「凄まじい『荒れ』の表現がみられる場合、深い層での混沌が顕わになる時には(中略)一時中断するのが普通とされています。なぜならば、自我の制御を超えて無意識があふれ出し収拾がつかなくなる恐れ~時には精神病的世界へと落ち込むこと~もあるから」です(*2)  従って、対象者の様子をよく観察し、何か尋常でないと思われる様子が見られる場合は速やかに表現活動を中止させることが必要です。

 

また、ファシリテーターが恣意的に与えるテーマ(「あの日の記憶」「家族の思い出」、など)にそって撮影させたり、そのような写真を見ることを強制することも、まだ心の準備ができていない状況で意識、無意識の情動を表出させ、精神的な不安定さや心身症状を引き起こす危険性があります。ワークショップでは具体的なテーマを与えず、写真を通した自由な表現活動を促し、そこに表出してくる心の世界を共感的に受け止めてゆけばよいでしょう。

 

なお、当協会では、上記のような注意点を踏まえ、被災者など、自我が大きく揺らいでいる人を対象に写真療法(写真セラピー)を実施するにあたっては、以下のような対応策をとります。

 

(1) うつ病や双極性障害などの気分障害や、統合失調症などの精神疾患で加療中の人の参加は基本的にはご遠慮いただく。またカウンセリングなど心理療法を受けている人の参加も、担当医に相談のうえ、決定してもらう

(2) ファインダー越しに覗く世界や被写体との深い一体感や没入感をもたらす一眼レフカメラではなく、モニターに写る画像を見て撮影するコンパクトデジタルカメラを使うことで、現実とイメージの世界の境界線を明確にしながらワークショップを実施する

(3) 最初から投影性の高い内容にせず、構造的な内容から様子を見る

(4) しっかりと時間的、空間的枠組みを設け、無制限にイメージの世界に没頭させない

(5) 最後は発表会を実施し、作品を言葉で表現させて現実の世界に引き戻す

(6) 当初は経験豊かなファシリテーターに実施を任せて様子を見る

(7) 地元の精神科医らとチームを組んで、必要に応じてスーパーバイズを受ける

 

また、被災地以外においても、うつ病や統合失調症などの精神疾患で服薬中の方のワークショップ参加やファシリテーター養成講座への参加はご遠慮頂きます。また心理療法やカウンセリングを受けている方の場合も、担当医・カウンセラーにご相談の上、参加の判断をなさることをお奨めします。

 

参考・引用文献

(*1) 飯森眞喜雄:芸術療法.日本評論社、東京、2011.

(*2) 山中康裕:少年期の心 精神療法を通してみた影.中央公論新社、東京、1978.

 

(著) 酒井貴子 2012

 

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