写真療法の歴史的変遷(日本)

日本においては、1975年に精神科医の山中康裕氏が芸術療法の枠組みの中で「写真療法を用いて治癒した思春期心身症の一例」を発表されました*8)9)。写真に興味を持っていた男児に自由に写真を撮らせ、表出するイメージに関与的に寄り添うことで思春期心身症が完治したと報告されています。それについて山中氏は、「写真を始めてちょうど三カ月で、一時自殺まで企てさせた頑固な症状が完全に消失したばかりか、諦めていた高校進学をも成就したのであった。彼の示した七組全二十七枚の写真は、(一)問題の提示 (二)コンプレックスへの対決と治癒への願い(三)衝動性の制御と馴化(四)問題の直視と開花(マンダラ)(五)『大いなる正午体験』(六)意識化、<<待つことの必要性>>の自覚(七)<<男性性>>の確立と安定化 という治癒過程を示したものと思われる。写真の順序はすべて患者が見せてくれたそれであったことを思うとき、実に的確かつ見事にイメージの展開が示されていることに、いまさらながら驚嘆せざるを得ない。」*8)と述べています。

 

そして、阪神大震災の翌年(1996年)に大手新聞2紙がフォトセラピーの可能性に関する記事を掲載すると*10) *11)、写真療法の可能性に関する学術的な発表も続きましたが*12) *13) 、それはあくまでも「可能性」についての言及であり、はっきりした写真療法の枠組みや効果は示されませんでした。

 

しかし、2000年に入り、デジタル機器が普及すると、写真がそれまで以上に手軽に楽しまれるようになり、写真活動を実践している者の中から独自のフォトセラピーを提唱する個人や団体が相次いで誕生しました。その基本原理は、芸術(表現)療法・アートセラピー(石原*14、大橋*18、酒井*19)、コーチング(なかにし*15)、認知行動療法(野村*16)など、それぞれ実施者ごとに異なります。

 

また、対象者も、自己啓発として自分自身(石原*14、なかにし*15、大橋*18)、他者に実施するプログラムとして一般人や医療、教育、福祉現場で(酒井*19)、他者に実施するプログラムとして定時制高校写真部生徒へ(野村*16)と異なります。

 

しかし、上記のプログラムに共通しているのは、「生活の質の向上や心身に良い影響をもたらすことを目的として実施する、実践的な写真活動」であるという点です。

 

当協会の設立者の一人であり、現在の代表理事である酒井貴子は*19)、カウンセリング心理学と芸術療法(アートセラピー)を基本原理として、デジタルカメラとスクラップブッキングというフォトクラフトを利用した写真セラピーのプログラムを独自に開発。2004年にNPO法人クローバーリーフ*20)を設立し、こども病院院内学級や緩和ケア病棟、養護学校、フリースクール、高齢者施設、知的障害者施設などで写真セラピー活動を開始しました。これらの活動は、日本において本格的かつ継続的にセラピーとしての写真活動が医療、福祉、教育現場で実践されたケースとして知られています。そして酒井貴子は2007年には写真療法を実践する全国組織である当協会(日本写真療法家協会)をそれぞれ独自のフォトセラピーを提唱する石原眞澄氏*14)や野村訓氏*16)らとともに設立しました。

 

個人に加えて団体としては、NPO法人クローバーリーフ(鈴木正夫代表・2004年設立)、日本写真療法家協会(酒井貴子代表・2007年)の他にも、NPO法人日本フォトセラピー協会(なかにしあつこ代表・2006年設立)、NPO法人日本フォトアートセラピー福祉協会(福里良和代表・2006年設立)が設立されました。

 

なお、当協会では写真療法(写真セラピー)の実践や普及とともに学術的な確立を目指し、脳科学、医学、心理学などの専門家らとともに写真療法の効果の測定に関する研究事業に着手し、その研究結果は、日本写真療法家協会主催のフォーラムや各種学会で報告しています(詳細は 研究実績・資料のページを参照のこと)また、第3者に写真セラピーを実施するファシリテーターの育成や指導にも尽力しています。

 

くしくも2011年に起きた東日本大震災を契機に、写真の価値や存在意義が改めて見直されています。それに伴い、写真関連企業や団体も人の心や体に良い影響を与える写真のチカラに注目し、それぞれ独自の活動を模索し始めています。

 

これらの動きから見えてくることは、日本においては、1975年に芸術療法の一手法として写真療法の効果が報告されたものの、その後の学術的な進展はほとんどなく、市場における実践例が積み上がりながらセラピーとしての写真活動をけん引していることです。

 

                                                                                      著・酒井貴子(2012)

 

【参考・引用文献】

(8) 山中康裕:山中康裕著作集6 たましいの顕現 芸術・表現療法②.pp.256-257、岩崎学術出版社、東京、2004.

(9) 山中康裕:少年期の心 精神療法を通してみた影.中央公論新社、東京、1978.

(10) 高橋洋:フォトセラピーに注目 心の抑圧解消 被災者ケアに期待も.朝日新聞大阪版(夕刊)、1面、1996年6月1日.

(11) 畑祥雄:期待できるフォトセラピー 潮流‘96. 毎日新聞(朝刊)、13面、1996年5月11日.

(12) 秋元貴美子:写真療法の可能性.日本写真芸術学会誌、6-1: pp.43-54, 1997.

(13) 大石光雄:心身医学における写真療法の可能性.心身医学、38:p.79、1998.

(14)石原眞澄:9日間で自分が変わるフォトセラピー.リヨン社、東京、2004.

(15) なかにしあつこ:本当の自分を見つけるフォトセラピー.出版文化社、東京2004.

(16) 野村訓:レンズの向こうに自分が見える.岩波書店、東京、2004.

(17) 佐藤富雄:撮るだけで心と身体が若返る.KKベストセラーズ、東京,2004.

(18) 大橋牧子:自分の焦点はどこ?フォトアートセラピー.BABジャパン、東京,2009.

(19) 酒井貴子:生きる力を取りもどす写真セラピー.メディアファクトリー、東京、2011.

(20) NPO法人クローバーリーフ www.clover-leaf.org

 

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